元鮫河橋南町(読み)もとさめがはしみなみちよう

日本歴史地名大系 「元鮫河橋南町」の解説

元鮫河橋南町
もとさめがはしみなみちよう

[現在地名]新宿区南元町(みなみもとまち)

元鮫河橋表(もとさめがはしおもて)町の西に位置する町人地で、里俗に鮫河橋南町通とよばれる東西路の北側を占める片側町。町内を西から東へ雨水を落す下水が流れる。町の西は発昌(ほつしよう)寺、南は安藤氏の屋敷、権田原(ごんだわら)の妙行(みようぎよう)寺、先手組大縄地、権田原三軒屋(ごんだわらさんげんや)町(一部は現港区)、尾張藩抱屋敷・西丸先手組大縄地、北は崇源(すうげん)寺・香蓮(こうれん)寺・本迹(ほんじやく)寺・元鮫河橋八軒(もとさめがはしはちけん)町・永井氏屋敷。町内の間数は東西表間口が一八四間余(裏幅二一二間)、南北裏行は東の方で一二間余、西の方で一五間。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む