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鶴屋南北 つるやなんぼく

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鶴屋南北
つるやなんぼく

[生]宝暦5(1755).江戸
[没]文政12(1829).11.27. 江戸
江戸時代歌舞伎作者。4世。大南北ともいう。父は紺屋職人ともいわれる。道化方の俳優3世南北の娘をめとり,天明2 (1782) 年勝俵蔵を名のる。桜田治助の門に学び,長い下積み生活を経て,享和1 (1801) 年立作者となる。

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デジタル大辞泉の解説

つるや‐なんぼく【鶴屋南北】

歌舞伎狂言作者。3世までは俳優。
(4世)[1755~1829]江戸の人。大(おお)南北ともいう。本名、伊之助または勝次郎。別号、姥尉輔(うばじょうすけ)。初世桜田治助に学んで桜田兵蔵と称し、のち沢兵蔵・勝俵蔵を経て、文化8年(1811)南北を襲名。世話物を得意とし、すぐれた舞台構成と写実的作風の傑作をのこした。代表作「お染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)」「東海道四谷怪談」など。
(5世)[1796~1852]4世の女婿の養子。孫太郎南北・小南北ともいう。3世瀬川如皐(せがわじょこう)河竹黙阿弥の師。

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百科事典マイペディアの解説

鶴屋南北【つるやなんぼく】

江戸後期の歌舞伎脚本作者。江戸の紺屋の子。初世桜田治助門に入り,桜田兵蔵,沢兵蔵を経て勝俵蔵となり,1811年4世南北を襲名(3世までの南北は俳優)。5世松本幸四郎,7世市川團十郎らに作品を提供。
→関連項目岩井半四郎お染・久松尾上菊五郎鈴ヶ森文化文政時代

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江戸・東京人物辞典の解説

鶴屋南北

1755〜1829(宝暦5年〜文政12年)【歌舞伎作者】リアルで斬新な怪談、『東海道四谷怪談』大人気。 歌舞伎役者と台本作者で5代目まであるが、有名なのは四世(1755〜1829)で大南北と呼ばれた。江戸日本橋生まれ。三世の女婿に入り、1811年に襲名。着想と仕掛けの斬新さ、リアルな風俗描写は現代にも通じる。代表作は『東海道四谷怪談

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世界大百科事典 第2版の解説

つるやなんぼく【鶴屋南北】

歌舞伎俳優(初世~3世),歌舞伎作者(4世~5世)。(1)初世(?‐1736(元文1)) 道外方南北孫太郎。元禄(1688‐1704)末から正徳期(1711‐16)に江戸山村座また市村座で活躍した。(2)2世(?‐1762(宝暦12)) 一説に1763年没。初世の子。初名源蔵。俳名魯風。父と同じく道外方。1726年(享保11)に上上吉の位となり,初世嵐音八,二朱判吉兵衛とともに江戸の道外方の三幅対といわれた。

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大辞林 第三版の解説

つるやなんぼく【鶴屋南北】

狂言作者。三世までは俳優。
(四世)(1755~1829) 江戸の人。大おお南北と称される。別号、姥尉輔うばじようすけ。初世桜田治助に入門、1811年南北を襲名。世話物を得意とし、巧みに幕末期の世相をとらえた作品を生んだ。特に怪談物に傑作が多い。代表作「東海道四谷怪談」「天竺徳兵衛韓噺」「心謎解色糸こころのなぞとけたいろいと」など。
(五世)(1796~1852) 四世の女婿の養子。孫太郎南北・小南北と称される。門人に三世瀬川如皐じよこう・河竹黙阿弥がいる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鶴屋南北
つるやなんぼく

3世までは江戸歌舞伎(かぶき)の道外方(どうけかた)で、4世から歌舞伎作者となり、5世まである。ただし代数は「南北」の代数で、2世までは南北孫太郎を名のった。4世がもっとも名高い。[古井戸秀夫]

初世

(?―1736)旅芝居の株をもつ家系で5世にあたる。大芝居に進出し、道外(どうけ)方、頭取として活躍。[古井戸秀夫]

2世

生没年不詳。初世の子。旅芝居の株を継ぎ、大芝居では寛延(かんえん)年間(1748~51)に二度頭取を勤めた。[古井戸秀夫]

3世

(?―1762)鶴屋南北の初世。初世の子。享保(きょうほう)期(1716~36)に活躍した道外方。[古井戸秀夫]

4世

(1755―1829)作者としては初世。家系7世。「大(おお)南北」と称される。江戸・日本橋の紺屋(こうや)海老屋伊三郎の子。1776年(安永5)に狂言作者の見習いとなり、翌年から初世桜田治助(じすけ)の苗字(みょうじ)をもらい桜田兵蔵の名で番付に載る。その後、沢兵蔵、勝俵蔵(ひょうぞう)と改名、3世の娘お吉をめとり、その縁で旅芝居や見せ物の興行にも加わる。金井三笑(さんしょう)に師事し、86年(天明6)以降狂言作者に専心、道外方大谷徳次を使った「おかしみの狂言」を書き、認められる。97年(寛政9)に3世坂東(ばんどう)彦三郎付きの作者となり、99年に45歳で立(たて)作者となる。それまでの大芝居には少ない見せ物の蛇娘(へびむすめ)や棺桶(かんおけ)を舞台のうえに好んで使い、『競艶仲町(いきじくらべはでななかちょう)』など生世話(きぜわ)物に好評を得たのち、1804年(文化1)に初世尾上(おのえ)松助のために夏芝居『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』を書き、これが出世作となる。以降、松助のために夏狂言を書き、怪談物の作者として名をなす。また、1806年から5世松本幸四郎一座の立作者となり6年間市村座に重年、『勝相撲浮名花触(かちずもううきなのはなぶれ)』などで生世話物を完成させた。11年、57歳で4世を襲名、隠居格となり、実子直江重兵衛を相談相手に新境地を開き、『於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』『杜若艶色紫(かきつばたいろもえどぞめ)』など5世岩井半四郎の当り狂言を書く。文政(ぶんせい)期(1818~30)には7世市川団十郎や3世尾上菊五郎ら若手のためにも筆をとり、2世勝俵蔵(直江重兵衛)、2世松井幸三、勝井源八ら門下の立作者とともに江戸三座の新狂言の大半を一門で担った。29年(文政12)『金幣猿島郡(きんのざいさるしまだいり)』を一世一代として引退、同年11月27日に75歳で没した。
 台本が伝わるものは80余種あり、以上のほか代表的なものに、生世話物の『心謎解色糸(こころのなぞとけたいろいと)』『当穐八幡祭(できあきやわたまつり)』『謎帯一寸徳兵衛(なぞのおびちょっととくべえ)』『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』、敵討(かたきうち)物の『鳴響御未刻太鼓(なりひびくおやつのたいこ)』『絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)』、夏芝居の『三国妖婦伝(さんごくようふでん)』『彩入御伽艸(いろえいりおとぎぞうし)』『阿国御前化粧鏡(おくにごぜんけしょうのすがたみ)』『玉藻前御園公服(たまものまえくもいのはれぎぬ)』『法懸松成田利剣(けさかけまつなりたのりけん)』『独道中五十三駅(ひとりたびごじゅうさんつぎ)』のほか、『桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)』『浮世柄比翼稲妻(うきよがらひよくのいなずま)』『御国入曽我中村(おくにいりそがなかむら)』があり、それらの要素を総合した代表作が『東海道四谷怪談(とうかいどうよつやかいだん)』である。
 その作風は、化政(かせい)期(1804~30)の退廃した世相を反映した凄惨(せいさん)な殺しと濡(ぬ)れ場を魅力とするが、本領はおかしみの茶番にある。俳諧(はいかい)式の自由な連想で婚礼と葬礼を一体化するなどの奇想で、場面を次から次へと展開させて観客の裏をいく小気味のよさが売り物。それが金井三笑譲りの緻密(ちみつ)な仕組みと十分な伏線、小道具の巧みな利用などによって筋立ての破綻(はたん)を免れている。南北風とよばれるこの特色は、やがて河竹黙阿弥(もくあみ)によって洗練され古典化する。なお、新作ではないが「馬盥(ばだらい)の光秀(みつひで)」(『時桔梗出世請状(ときもききょうしゅっせのうけじょう)』)、「加賀見山(かがみやま)」(『隅田川花御所染(すみだがわはなのごしょぞめ)』)などの定本を定着させたことも意義が大きい。姥尉輔(うばじょうすけ)の名などで合巻(ごうかん)の作もある。
 家系8世は2世勝俵蔵が継ぐ。[古井戸秀夫]

5世

(1796―1852)4世の娘の子。子役から作者になる。1821年(文政4)初出勤。鶴峰千助、鶴峰丑左衛門、鶴屋孫太郎、姥尉輔を名のり、37年(天保8)に5世。3世尾上菊五郎付きの作者として4世の旧作の補綴(ほてい)をもっぱらとした。門弟から3世瀬川如皐(じょこう)、河竹黙阿弥らが出た。[古井戸秀夫]
『郡司正勝他編『鶴屋南北全集』全12巻(1971~74・三一書房)』

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