光勝寺跡(読み)こうしようじあと

日本歴史地名大系 「光勝寺跡」の解説

光勝寺跡
こうしようじあと

[現在地名]鈴鹿市岸岡町 雲雀山・大門

岸岡きしおか丘陵の北東端にあった。山号海雲山、臨済宗東福寺派で、神戸の龍光かんべのりようこう寺末寺。創立は古く、「三国地志」によれば白河天皇勅願所で蛭田備中守の建立本尊無量寿仏。「五鈴遺響」によれば、この本尊は信州善光ぜんこう寺如来の金の余りで鋳られたもので、霊験常ならずとある。「勢州軍記」には永禄五年(一五六二)安濃あのう郡の長野氏が神戸勢と戦い、この寺を焼払ったことがみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む