光勝寺跡(読み)こうしようじあと

日本歴史地名大系 「光勝寺跡」の解説

光勝寺跡
こうしようじあと

[現在地名]鈴鹿市岸岡町 雲雀山・大門

岸岡きしおか丘陵の北東端にあった。山号海雲山、臨済宗東福寺派で、神戸の龍光かんべのりようこう寺末寺。創立は古く、「三国地志」によれば白河天皇勅願所で蛭田備中守の建立本尊無量寿仏。「五鈴遺響」によれば、この本尊は信州善光ぜんこう寺如来の金の余りで鋳られたもので、霊験常ならずとある。「勢州軍記」には永禄五年(一五六二)安濃あのう郡の長野氏が神戸勢と戦い、この寺を焼払ったことがみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

冬に 4日間暖かい日が続くと 3日間寒い日が続き,また暖かい日が訪れるというように,7日の周期で寒暖が繰り返されることをいう。朝鮮半島や中国北東部の冬に典型的な気象現象で,日本でもみられる。冬のシベリ...

三寒四温の用語解説を読む