光永寺跡(読み)こうえいじあと

日本歴史地名大系 「光永寺跡」の解説

光永寺跡
こうえいじあと

[現在地名]楠町大字矢矯 上矢矯

上矢矯(かみやはぎ)にあった禅宗寺院で、「注進案」によれば、山号は熊平山、本尊は薬師如来。「地下上申」には「寺敷御除高八斗三升一合付居候事」とある。

「注進案」によれば、元弘年間(一三三一―三四)厚東武仲の建立といい、開基を大雲源海とし、鎌倉の建長(けんちよう)寺の末寺となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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