八ッ手新田村(読み)やつでしんでんむら

日本歴史地名大系 「八ッ手新田村」の解説

八ッ手新田村
やつでしんでんむら

[現在地名]原村八ッ手

現原村の北部、東は八ヶ岳山麓俎原(まないたつぱら)に続き、阿弥陀(あみだ)岳を源とする前沢(まえざわ)川が西流し、南北に大門道(善光寺道)が通っている。集落は標高一〇〇〇―一一〇〇メートルの高冷地帯にある。開発については、寛永一五年(一六三八)といわれ、寛保元年(一七四一)の書上には、

<資料は省略されています>

とあり、見立奉行は高島藩の重臣牛山金兵衛と記されている(諏訪史蹟要項)。延宝四年(一六七六)の検地帳(八ッ手区蔵)には石高六八・六一九三石とあり、これが初期の検地といわれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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