八丁目城跡(読み)はつちようめじようあと

日本歴史地名大系 「八丁目城跡」の解説

八丁目城跡
はつちようめじようあと

[現在地名]福島市松川町

松川小学校跡地の裏山山頂に位置。戦国時代、伊達氏の支配領域の南端にあたり、大森(おおもり)城とともに軍事上重要な拠点とされた。伊達氏の天文の乱において、当城主堀越能登守は伊達稙宗方につき、天文一二年(一五四三)八月には稙宗が当城に入ったとされ(「伊達正統世次考」同月一〇日条)、翌一三年には堀越氏と伊達晴宗の間で戦闘があったという(福島市史)。晴宗の子輝宗の頃には当城に輝宗の家臣清野備前守の子遠江守がおり、西(にし)館と称し、東方の土合(どあい)山には備前守が隠居して東館(土合館)と称したといわれる(信達一統志・信達二郡村誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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