八太廃寺跡(読み)はたはいじあと

日本歴史地名大系 「八太廃寺跡」の解説

八太廃寺跡
はたはいじあと

[現在地名]一志町八太 屋方・中野・向イ

国鉄名松線伊勢八太駅の西、中野なかの山の丘陵部との間の標高約一六メートルの水田地帯にある。俗に「からすば」とよばれ、かつては土壇や礎石も残存していたようであるが、今は原形をとどめるものはない。斑光ばんこう寺跡ともいわれるが、「伊勢名勝志」に「斑光寺址。八太村字中野ニ在リ。今耕地タリ。伝ヘ云、白鳳中僧行基創立シ、八太山大誓院ト称ス。応永中北畠満雅七堂伽藍ヲ造立シ、祈願所トナス。天正六年兵焚ニ罹リ焼失ス。後、堂宇ヲ再建シ寺号ヲ改ム。正徳三年久居城主藤堂氏今ノ字浦戸ニ堂宇ヲ再建スト。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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