八橋郷(読み)やばせごう

日本歴史地名大系 「八橋郷」の解説

八橋郷
やばせごう

和名抄」東急本は「也八之」と訓を付す。「大日本地名辞書」は現東伯とうはく町に大字八橋があることをよりどころに現同町の旧八橋村地区および現赤碕あかさき町の旧赤崎あかさき村一帯に比定。「鳥取県郷土史」は郡名を負う郷に郡家が置かれていたとし、八橋郡家の位置を現東伯町槻下の斎尾つきのしたのさいのお廃寺付近と考えて同地を含む東伯町の旧伊勢崎いせざき村地区一帯に比定している。後者の説をとる場合、旧伊勢崎村に属する金屋かなやの地籍図に八橋野やばせのの地名がみえ、これが「小右記」長元四年(一〇三一)九月三日条にみえる八橋野牧に該当すると考えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む