公法田村(読み)くほうでんむら

日本歴史地名大系 「公法田村」の解説

公法田村
くほうでんむら

[現在地名]鏡野町公保田くほうでん

東は上田邑かみたのむら(現津山市)、北は香々美中かがみなか村、南は沢田さわだ村に接する準平地村落。中世は香々美庄(香美庄)のうちで、応安六年(一三七三)一二月二二日の足利義満下文(辻文書)によれば、箕浦太郎左衛門尉千俊が「西香美庄内久保田竹鼻跡」の地頭職を与えられている。永禄六年(一五六三)閏一二月一日豊岡宗良は一宮大神宮(現津山市中山神社)に「香々美公保田内」で一貫一〇〇文を寄進している(「豊岡宗良寄進状」美作古簡集)。同九年九月七日の斎藤親実感状(同書)では、太田新九郎は勲功の賞として「久保田之内宮茂分并孫次郎分」を与えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む