六分村(読み)ろくぶむら

日本歴史地名大系 「六分村」の解説

六分村
ろくぶむら

[現在地名]中之口村六分

なかくち川左岸堤防に近く、はり曾根そね村の南、高野宮こうのみや村の北に連なる。承応三年(一六五四)小吉こよし村の分裂により成立したという。貞享元年(一六八四)の村上藩領分郷村高辻帳に高二一七石八斗余とある。元禄郷帳は高野宮村枝郷とする。宝永七年(一七一〇)から享保二年(一七一七)の間幕府領となった以外村上藩領。庄屋は主に山田氏が世襲した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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