六十在家町(読み)ろくじゆうざいけまち

日本歴史地名大系 「六十在家町」の解説

六十在家町
ろくじゆうざいけまち

[現在地名]米沢市芳泉町(ほうせんまち)

福田(ふくだ)町の南に位置する下級家臣(原方衆)屋敷町。福田町端から約八町で当町入口に至る。当町には本(ほん)町のほか中(なか)ノ町・新田(しんでん)・下(しも)ノ町の三町があり、南北の道に沿う両側町。東は松(まつ)川を限る当地はもとは同川河原の原野であったが、慶長六年(一六〇一)原方衆が配置されて、彼らの開墾により成立。明和六年(一七六九)の原方屋敷絵図(市立米沢図書館蔵)によれば家数一六二、ほかに長松(ちようしよう)寺・清因(せいいん)寺がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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