六条院西村(読み)ろくじよういんにしむら

日本歴史地名大系 「六条院西村」の解説

六条院西村
ろくじよういんにしむら

[現在地名]鴨方町六条院西、寄島町(よりしまちよう)東安倉(ひがしあくら)・中安(なかあ)倉・西安倉(にしあくら)

六条院中村の西にあり、北は口林(くちばやし)村(現里庄町)、南は東大島(ひがしおおしま)村(現寄島町)、西は新庄(しんじよう)村(現里庄町)。南東方に枝村安倉(現寄島町)がある。中世には六条院領大島(おおしま)保の一部であったと推定され、近世初頭は六条院村に含まれたとみられる。字に土井(どい)・高井(たかい)・浅倉(あさくら)・向月(むかづき)・安倉浦があった(「鴨方領明細帳」池田家文庫)。領主の変遷は六条院東村に同じ。寛永備中国絵図では西六条院村とあり、高五九四石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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