六角油小路町(読み)ろつかくあぶらのこうじちよう

日本歴史地名大系 「六角油小路町」の解説

六角油小路町
ろつかくあぶらのこうじちよう

中京区油小路通六角下ル

南北に通る油小路通(旧油小路)を挟む両側町。北側を六角通(旧六角小路)、南側を蛸薬師たこやくし(旧四条坊門小路)が通る。

平安京の条坊では、町の東側は左京四条二坊四保一五町の西、西側は左京四条二坊四保一〇町東。平安中期以降は六角油小路の南にあたる。

応徳三年(一〇八六)開かれた白河上皇の院庁の初代別当藤原実季の邸が当町に所在した(中右記)

また、鎌倉時代末には日蓮宗富士日興派の上行じようぎよう(上行寺)が日尊を開山として、六角油小路に建てられた。

応仁の乱の際、文明六年(一四七四)七月七日、西軍の大内政弘は六角油小路に陣し(東寺執行日記)、同一三日東軍の攻撃で当町にあった「法華堂」は炎上した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む