兵賦金(読み)へいふきん

改訂新版 世界大百科事典 「兵賦金」の意味・わかりやすい解説

兵賦金 (へいふきん)

江戸幕府軍制改革一環として,1862年(文久2)12月6日,3000石以上の幕臣には慶安度軍役人数割の半数,3000石未満には4分の1の兵卒供出を命じ,これを兵賦と称して歩兵組に編成した。ただし兵賦を出せない場合には兵賦1人分につき10両を金納させた。これを兵賦金という。さらに66年(慶応2)8月には軍役銃卒の供出を命じたが,この場合にも代金納を認めた。翌年9月26日,幕府は200石以上の幕臣に対し,知行所年貢の半分に相当する金を軍役として納めるように命じ,兵卒はこの軍役金を資金として幕府が直接抱え入れることとした。これは軍役制度を大幅に変更するものであるが,兵賦金徴収はこの改革前提をなしていたといえよう。
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