兼館村(読み)かねたてむら

日本歴史地名大系 「兼館村」の解説

兼館村
かねたてむら

[現在地名]木造町兼館かねだて

東は岡部里おかべさと村に続き、田圃を隔てて南に永岡ながおか村、西に生田いくた村、北に善積よしつみ村。

天和二年(一六八二)の開村という(西津軽郡史)。村名は弘前藩の新田開発に際し垣上の館に由来するというが、館跡は確認されていない(津軽諸城の研究)。享保一二年(一七二七)広須組に属し、広須通二三ヵ村の一つで村位は下と定められた(平山日記)。元文元年(一七三六)検地帳によれば、田畑屋敷合せて二三町四反六畝四歩、村高は一一八・二五六石であった。うち田方は二一町七反六畝一五歩で一一三・六三四石、田方の位付は中・下田がなく上田下々田のみで、下々田が二〇町九反六畝一七歩、一〇四・八一八石とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む