内京坊村(読み)ないきようぼうむら

日本歴史地名大系 「内京坊村」の解説

内京坊村
ないきようぼうむら

[現在地名]安田町内京坊

間下まげ村の北、安田川両岸にわたる村で、北は正弘まさひろ村。中山なかやま郷に属する。天正一五年(一五八七)の安田庄地検帳に村名がみえ、総地高五町三反余。切畑(焼畑)を含むので江戸時代の本田高は五〇・九二石とされた(元禄郷帳)間下村とともに「内京村名」を構成し、当村居住の名本が両村を作配した。同帳に名本屋敷二〇代が記され「三良衛門ゐ」とある。

「南路志」に「当所ハ古昔内教坊の領地なるへきか由ありける名也」とあるが、内教ないきよう坊なる寺院の所在は不明。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む