内匠町(読み)たくみまち

日本歴史地名大系 「内匠町」の解説

内匠町
たくみまち

[現在地名]酒田市中町(なかまち)一―三丁目

東西に連なる両側町で、東は新鍛冶(しんかじ)町、西は肝煎(きもいり)小路。町名は元和五年(一六一九)町立てしたときの頭取肝煎斎藤内匠に由来する。明暦二年(一六五六)の酒田町絵図(大泉叢誌)に町名がみえ、道幅は五間で町域は五町ある。一丁目は長さ五五間・屋敷一九軒、北側に林昌(りんしよう)寺表二三間・裏三二間。二丁目は長さ五六間・屋敷二六軒。三丁目は長さ四八間余・屋敷二二軒。四丁目は長さ四五間・屋敷一九軒半。五丁目は長さ一八間余・屋敷八軒。林昌寺は寛永元年(一六二四)本(ほん)町から移転、文政五年(一八二二)堂宇焼失後浜畑(はまはた)に移った。天和三年(一六八三)までに一―二丁目が上内匠町、三―五丁目が下内匠町となり、同年の上内匠町家数九四・人数四九六、下内匠町家数一一四・人数五一一(「酒田町割家数人数書上」鶏肋編)。文化六年(一八〇九)の市正色々記(阿部正己資料)では家数は上内匠町九〇・下内匠町一〇八、天保一二年(一八四一)上内匠町一一〇・下内匠町一〇八(「合浦珠」酒井家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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