内藤政義(読み)ないとう まさよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤政義」の解説

内藤政義 ないとう-まさよし

1820-1888 江戸時代後期の大名。
文政3年3月3日生まれ。近江(おうみ)(滋賀県)彦根藩主井伊直中(なおなか)の子。井伊直弼(なおすけ)の弟。内藤政順(まさより)の養子となり,天保(てんぽう)5年日向(ひゅうが)(宮崎県)延岡(のべおか)藩主内藤家7代。飢饉(ききん)対策として穀物による酒造禁止,水田開発などの施策を実施。また洋式砲術を導入し,学寮を拡充して広業館と改称した。明治21年11月18日死去。69歳。著作に「内藤侯詠草」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む