内藤政醇(読み)ないとう まさあつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤政醇」の解説

内藤政醇 ないとう-まさあつ

1714-1741 江戸時代中期の大名
正徳(しょうとく)4年生まれ。内藤政貞の子。享保(きょうほう)7年陸奥(むつ)湯長谷(ゆながや)藩(福島県)藩主内藤家4代となる。日光祭礼奉行をつとめ,藩政では郷村掟(おきて)書69ヵ条をさだめた。寛保(かんぽう)元年9月5日死去。28歳。名ははじめ政令(まさはる),政盈(まさみつ)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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