内藤政養(読み)ないとう まさやす

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤政養」の解説

内藤政養 ないとう-まさやす

1857-1911 幕末-明治時代の大名。
安政4年7月7日生まれ。内藤政恒の長男。内藤政敏のあと,文久3年7歳で陸奥(むつ)湯長谷(ゆながや)藩(福島県)藩主内藤家13代となる。戊辰(ぼしん)戦争では奥羽越列藩同盟にくわわったが敗れ,明治元年隠居,謹慎を命じられる。明治44年3月6日死去。55歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む