内藤貞幹(読み)ないとう さだよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤貞幹」の解説

内藤貞幹 ないとう-さだよし

1746-1778 江戸時代中期の大名。
延享3年生まれ。紀伊(きい)和歌山藩主徳川宗直(むねなお)の6男。内藤政業(まさのぶ)の養子となり,宝暦11年陸奥(むつ)湯長谷(ゆながや)藩(福島県)藩主内藤家6代。日光祭礼奉行,大坂城青屋口加番をつとめた。安永7年6月23日死去。33歳。通称は雅之進。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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