内藤頼直(読み)ナイトウ ヨリナオ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「内藤頼直」の解説

内藤 頼直
ナイトウ ヨリナオ


肩書
高遠藩知事

生年月日
天保11年10月(1840年)

経歴
万延元年藩立の学問所・進徳館を設立。慶応元年の第2次長州征伐に出征。明治2年版籍奉還後は新政府の一官吏となった。

没年月日
明治12年8月17日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤頼直」の解説

内藤頼直 ないとう-よりなお

1840-1879 幕末-明治時代の大名。
天保(てんぽう)11年10月27日生まれ。内藤頼寧(よりやす)の7男。安政6年信濃(しなの)(長野県)高遠藩主内藤家8代となる。万延元年藩校進徳館を設立。奏者番をつとめた。第1次,第2次の幕長戦争に出兵したが,のち藩論を勤王にさだめた。明治12年8月17日死去。40歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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