円山塚(読み)まるやまづか

日本歴史地名大系 「円山塚」の解説

円山塚
まるやまづか

[現在地名]右京区嵯峨大覚寺門前登リ町

大覚だいかく寺門前の東南にある周囲約一六〇メートルの円墳。淳和天皇の皇后正子内親王の陵といわれ、陵墓参考地。

正子内親王は嵯峨天皇の第一皇女。淳和天皇の皇后となり、天皇譲位後、淳和じゆんな(跡地右京区西院)に移り、承和七年(八四〇)淳和上皇の死により出家(三代実録)。貞観一八年(八七六)嵯峨天皇の離宮であった嵯峨院に大覚寺を起こした。元慶三年(八七九)三月二三日七〇歳で死去(扶桑略記)。墓所は明らかでなく、「三代実録」元慶五年一二月一一日条に「大覚寺、是嵯峨天皇旧宮也、又嵯峨太上天皇、太皇后、淳和太后三陵在其近側」とみえるのみである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む