20世紀日本人名事典 「出口伊佐男」の解説
出口 伊佐男
デグチ イサオ
大正・昭和期の宗教家 元・大本教総長。
- 生年
- 明治36(1903)年
- 没年
- 昭和48(1973)年5月6日
- 出生地
- 愛媛県
- 別名
- 別名=宇知麿,宇知丸,うちまる
- 学歴〔年〕
- 八幡浜商業中退
- 経歴
- 大正7年京都府綾部の大本教本部に奉仕、教主出口王仁三郎の近侍となった。12年大本エスペラント研究会(大本エスペラント普及会)発足と同時に同会会長。13年王仁三郎の三女八重野と結婚、出口家に入り、同教教主補佐となった。昭和10年第2次大本教弾圧事件で検挙され、治安維持法違反で起訴されて6年8カ月未決拘留、17年第2審で無罪となった。戦後21年愛善苑として大本教が再発足して委員長、24年大本教愛善苑総長、27年大本総長となった。この間24年に世界連邦建設同盟副会長、25年ジュネーブの第1回世界連邦世界憲法制定会議に出席、38年世界連邦世界協会理事となった。また28年中国系の宗教、道院の東瀛副統管となり、31年にはベトナムのカオダイ教に招かれるなど、世界の諸宗教との交流に尽力、46年同教外郭団体人類愛善会会長となった。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報