刈生村(読み)かりゆうむら

日本歴史地名大系 「刈生村」の解説

刈生村
かりゆうむら

[現在地名]上県町志多留(したる) 刈生

志多留村の北の外面(ほかめ)にある同村の枝里。伊奈(いな)郷と佐護(さご)郷の境で、「津島紀略」では加里布と訓じる。伊奈郷宗家判物写のうち苅生村百姓善六頂戴仕居候御判物之写に康安二年(一三六二)以来の判物七通があるが、善六は室氏・米田氏の後裔で、近江坂本(さかもと)(現滋賀県大津市)の米田末次郎・藤原常房が元暦元年(一一八四)の乱後に対馬に逃れて移り、室氏を称したという(津島紀事)。当時村の南西の平家浦にある一基の塚を平家塚と称したともいう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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