刈田子村(読み)かつたごむら

日本歴史地名大系 「刈田子村」の解説

刈田子村
かつたごむら

[現在地名]緑区刈田子町・大膳野町だいぜんのちよう

古市場ふるいちば村の東にあり、椎名下しいなしも郷に属した。元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分にはカツタネと訓を付す。寛永四年(一六二七)から生実藩領で、同五年の小弓領郷帳に苅田子村とあり、田一二四石余・畑四六石余。幕末まで同藩領。明暦二年(一六五六)と推定される検地帳(刈田子町有文書、以下同文書)では田九町三反余・畑屋敷七町一反余。延享四年(一七四七)名寄帳では百姓五三のうち他村からの入作百姓一一。天明元年(一七八一)には下郷として一括して米七二五俵余の年貢を課され、五ヵ年間の定免とされている。文政三年(一八二〇)には当村のみで一五六俵余を納入している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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