則安村(読み)のりやすむら

日本歴史地名大系 「則安村」の解説

則安村
のりやすむら

[現在地名]哲多町本郷ほんごう

成松なりまつ村の北に位置し、本郷川が流れ吹屋ふきや往来が通る。集落は本郷(上町・下町)のほか城谷しろだに掛土井かけどいにある。戦国末期と推定される手日記(竹田家文書)に「則安 拾貫」とある。寛永備中国絵図に村名がみえ、高一四一石余、山崎家治先知とある。同絵図にみえる城谷村(高一一三石余、山崎家治先知)は当地城谷のことであろう。正保郷帳にも二村がみえ、高は同前。則安村には雑木少・柴山少・柴草山大、枝村として合代村をあげる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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