前田茶臼山遺跡(読み)まえだちやうすやまいせき

日本歴史地名大系 「前田茶臼山遺跡」の解説

前田茶臼山遺跡
まえだちやうすやまいせき

[現在地名]下関市前田一丁目

文久三年(一八六三)から元治元年(一八六四)にかけてのいわゆる馬関攘夷戦争時に、関門海峡を望む海岸線に一九ヵ所の砲台が築かれた。当遺跡は、これら砲台の中心的な役割を担った前田砲台跡である。萩藩(長州藩)と英・米・仏・蘭の四国連合艦隊との戦いの舞台となり、連合国側に占拠されたのち、施設はことごとく焼払われ、設置された大砲は戦利品として持去られた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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