割前村(読み)わりまえむら

日本歴史地名大系 「割前村」の解説

割前村
わりまえむら

[現在地名]巻町割前

西にし川右岸の自然堤防上の村落。川沿いの北方は水田が続き、南方は巻村、東方ははか村に水田を隔てて隣接する。慶長五年(一六〇〇)の巻村検地帳(巻町教育委員会保管文書)の地名に「わりまへ」が頻出し、「わりまへさかい」も記される。元和四年(一六一八)長岡藩知行目録には高一八二石三斗余とあり、以後明治まで長岡藩巻組に属した。寛永元年(一六二四)新田村(のちの真田村、現西川町)年貢割付状(藤田家文書)によれば、当村の耕地をこの年から新田村で耕作している。天和元年(一六八一)曾根組大庄屋曾根そね(現西川町)庄屋の高橋源助が、曾根耕地への用水路掘割と取水の樋管伏込みを長岡藩に歎願、実現するが(源助筒掘割事件)、その取水の樋管伏込みは当村の地先になされ、西川から取水したものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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