力田遺愛碑(読み)りよくでんいあいのひ

日本歴史地名大系 「力田遺愛碑」の解説

力田遺愛碑
りよくでんいあいのひ

秋元家廟所前にあり、総社藩主秋元長朝の天狗岩てんぐいわ用水開削の徳を慕い、秋元氏移封後一〇〇余年を経た安永五年(一七七六)用水の恩恵を受ける農民の手により建てられた。県指定史跡。これによれば、長朝は慶長七年から天狗岩用水の開削を始め、約二万七千余石の田を開かせたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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