加藤誠之(読み)かとう せいし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加藤誠之」の解説

加藤誠之 かとう-せいし

1805-1862 江戸時代後期の和算家
文化2年生まれ。京都の人。三木松斎らにまなぶ。七流兼学算儒と称し,畿内門人をあつめて「益友会」をつくった。天保(てんぽう)11年(1840)「益友会算題集」を編集。文久2年8月死去。58歳。字(あざな)は子固。通称は政助。号は均斎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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