勝楽寺遺跡(読み)しようらくじいせき

日本歴史地名大系 「勝楽寺遺跡」の解説

勝楽寺遺跡
しようらくじいせき

[現在地名]藤島町長沼 生田前

庄内平野のほぼ中央部、京田きようでん川南岸の自然堤防上、標高五―六メートルの低地に位置。県営圃場整備が行われるため、昭和五四年(一九七九)南北二区を設定して調査を実施した。南区からは三棟の建物跡と井戸跡、多数の溝跡や土壙が検出された。掘立柱建物であるSB三二七は、桁行五間・梁行三間の東西棟で柱はすべて角柱、礎板の上にすえられていた。これと隣接して逆L字形に接続する四間×三間の円柱の建物があり、内部には焼土を伴う土壙があるので住居と思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む