勝楽寺遺跡(読み)しようらくじいせき

日本歴史地名大系 「勝楽寺遺跡」の解説

勝楽寺遺跡
しようらくじいせき

[現在地名]藤島町長沼 生田前

庄内平野のほぼ中央部、京田(きようでん)川南岸の自然堤防上、標高五―六メートルの低地に位置。県営圃場整備が行われるため、昭和五四年(一九七九)南北二区を設定して調査を実施した。南区からは三棟の建物跡と井戸跡、多数の溝跡や土壙が検出された。掘立柱建物であるSB三二七は、桁行五間・梁行三間の東西棟で柱はすべて角柱、礎板の上にすえられていた。これと隣接して逆L字形に接続する四間×三間の円柱の建物があり、内部には焼土を伴う土壙があるので住居と思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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