勝運寺(読み)しよううんじ

日本歴史地名大系 「勝運寺」の解説

勝運寺
しよううんじ

[現在地名]竹原市忠海町

賀儀(かぎ)城跡のある小丘の麓にあり、翫月山と号し、曹洞宗。本尊釈迦如来。「国郡志下調書出帳」によれば、周防山口の月光山泰雲(たいうん)寺の末寺で、賀儀城の城主で、沼田小早川氏の分流浦備後守宗勝が「安芸郡新与寺」の以天圭穆を招き、元亀元年(一五七〇)より天正九年(一五八一)までかかって建立し、寺領三〇〇貫を寄進。福島氏時代に寺領を没収されたが、寛永九年(一六三二)四代雲応の時、三次藩主浅野氏より寺地山林田畠七反七畝余の除地を許され中興した。大門・中門・庫裏・鐘楼・本堂のほか鎮守の金毘羅・秋葉権現・稲荷明神などがあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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