北の股村(読み)きたのまたむら

日本歴史地名大系 「北の股村」の解説

北の股村
きたのまたむら

[現在地名]本荘小友おとも 北ノ股

南は竜馬りゆうば山、東北は丘陵を負い西に開ける。北の股村の東南大蛇おおじやだけ水源とする北の股川が西流し、西方金山かねやま村境で南の股みなみのまた(小友川)と合流する。東北は川口かわぐち村、西南は南の股村、西は金山村土谷つちや村と接する。

元禄一一年(一六九八)の出羽国由理郡之内村高帳に北野股村とあり三八石四斗二升三合、天保郷帳では北野又村、「出羽国風土略記」には北之俣村とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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