デジタル大辞泉
「本荘」の意味・読み・例文・類語
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ほん‐じょう‥ジャウ【本荘・本庄】
- [ 1 ] 平安時代以来、荘園の領域が広がって別の行政区画が生じたとき、本来の荘域をいう。分立した新荘域は新荘、別符(べっぷ)などと称される。
- [初出の実例]「其勢三千余騎で、筑後国高野本庄に発向して、一日一夜せめたたかふ」(出典:平家物語(13C前)八)
- [ 2 ]
- [ 一 ] ( 本荘 ) 秋田県南西部の地名。旧市名。日本海に面する。江戸時代は港町、六郷氏二万石の城下町として発達。昭和二九年(一九五四)市制。平成一七年(二〇〇五)周辺七町と合併して由利本荘市となる。
- [ 二 ] ( 本庄 )( 鎌倉時代、若泉荘の中心地であったところから ) 埼玉県北西部の地名。江戸時代は中山道深谷と新町との間の宿場町、明治以降は絹織物の産地として発展。電気機器・化学・繊維などの工場がある。昭和二九年(一九五四)市制。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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本荘
ほんじょう
秋田県南西部にあった旧市名。現在は由利(ゆり)本荘市の中西部を占める地域。子吉(こよし)川の下流域を占め、日本海に面する。旧本荘市は、1954年(昭和29)本荘町と子吉、小友(おとも)、石沢、南内越(みなみうてつ)、北内越、松ヶ崎の6村が合併して市制施行。2005年(平成17)矢島、岩城(いわき)、由利、西目(にしめ)、鳥海(ちょうかい)、東由利、大内(おおうち)の7町と合併して、由利本荘市になった。JR羽越本線、由利高原鉄道鳥海山ろく線、国道7号、105号、107号、108号、341号が通じる。
地域の中央部には子吉川で、北部の芋(いも)川、南部の石沢川のつくる沖積平野がある。周囲は新山(しんざん)丘陵、由利原(ゆりはら)高原などが占める。中心地区の本荘は子吉川の河口南岸にあり、近世初期に最上(もがみ)氏の一族楯岡氏(たておかうじ)が築城、1623年(元和9)以降明治まで六郷氏本荘藩2万石の城下町であった。
本荘平野は本荘米の産地で、子吉川北岸の新山砂丘では野菜、果樹、イチゴの栽培が行われる。近年ウシやブタの飼育が盛んになり、東北一の市場をもつ。工業では製材やベニヤ板製造などが盛んで、特産品に本荘塗、本荘こけし、刃物などを特産する。旧由利郡一帯を商圏とするが、秋田市と山形県酒田市の卸売圏の競合点をなす。大簗(おおやな)地区には東北大学大学院理学研究科附属地震・噴火予知研究観測センター(本荘地震観測所)がある。新山神社では1月の第3日曜日裸参りが行われる。
[宮崎禮次郎]
『『本荘市史』全12冊(1982~2001・本荘市)』
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本荘[市]【ほんじょう】
秋田県南西部,日本海に臨む旧市。1954年市制。子吉川河口付近にある中心市街は,江戸時代本荘藩の城下町として発達,周辺農村地帯の商業中心をなす。良質の本荘米ササニシキを多産し,製材,ベニヤ板,本荘塗,食品加工業が行われる。羽越本線が通じ,由利高原鉄道が分岐する。2005年3月由利郡矢島町,岩城町,由利町,西目町,鳥海町,東由利町,大内町と合併し市制,由利本荘市となる。188.31km2。4万5129人(2003)。
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本荘
ほんじょう
秋田県南西部,由利本荘市中部の旧市域。日本海に面し,本荘平野の中心をなす。 1954年本荘町と子吉村,小友村,石沢村,南内越村,北内越村,松ヶ崎村の6村が合体して市制。 2005年矢島町,岩城町,由利町,東由利町,西目町,鳥海町,大内町と合体して由利本荘市となった。中心市街地の本荘は江戸時代,子吉川の河港をもつ本荘藩2万石の城下町。大町では江戸時代から続く朝市が開かれ,魚,野菜が取り引きされる。農業が主産業で,本荘米の集散地。製材,合板,食品加工などの工場も立地。秋田杉を使った工芸品や本荘塗,本荘刃物を特産。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の本荘の言及
【芦原[町]】より
…福井県北端,坂井郡の町。1955年北潟,本荘2村を合体。人口1万4570(1995)。…
※「本荘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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