コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

北七大夫長能 きた しちだゆう おさよし

1件 の用語解説(北七大夫長能の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

北七大夫長能 きた-しちだゆう-おさよし

1586-1653 織豊-江戸時代前期の能役者シテ方。
天正(てんしょう)14年生まれ。金春安照の娘婿。7歳で能をまい,七ツ大夫とよばれる。金剛大夫弥一の養子となり,慶長10年金剛大夫をつぐ。大坂夏の陣では豊臣方に荷担したが,元和(げんな)4年徳川秀忠より喜多流の創設をゆるされた。承応(じょうおう)2年1月7日死去。68歳。和泉(いずみ)(大阪府)出身。別名に六平太。法名は願慶。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の北七大夫長能の言及

【喜多七大夫】より

…江戸初期からはじまる能のシテ方喜多流の大夫の通名。初世は北を,2世以降は喜多を用い,初世以後12世までの歴代大夫は,七大夫と十大夫を通名として交互に用いた。中でも流祖初世七大夫が傑出している。(1)北七大夫(1586‐1653∥天正14‐承応2) 初世。本名長能(ながよし∥おさよし)。堺の目医者内堀某の子(《近代四座(よざ)役者目録》)。1595年(文禄4)2月,10歳のとき〈金剛方七ツ大夫〉として興福寺薪猿楽に出演(〈薪能番組〉)したのが文献上の初出。…

【喜多流】より

…江戸初期に一流樹立を許された新興流派。流祖の北七大夫長能(ながよし)(1586‐1653)は,堺の眼医者の子で,幼少のころから能に巧みであった。7歳で器用に能を舞ったことから〈七ツ大夫〉と呼ばれた天才。…

※「北七大夫長能」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

北七大夫長能の関連キーワード九条幸家織田信益順専城意庵正玄正山雪林等木深井吉親古田斎宮(初代)

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone