北君養(読み)きた きみのぶ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北君養」の解説

北君養 きた-きみのぶ

1821-1861* 江戸時代後期の医師。
文政4年生まれ。江戸に出,小島春庵(しゅんあん)にまなぶ。土生玄昌(はぶ-げんしょう)の娘と結婚。玄昌について眼科をおさめ,土生玄洞とも称した。安政2年郷里の佐渡(新潟県)にかえり,開業。漢詩を得意とした。万延元年12月10日死去。40歳。名は由之。号は石頑道人。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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