北大妻村(読み)きたおおづまむら

日本歴史地名大系 「北大妻村」の解説

北大妻村
きたおおづまむら

[現在地名]梓川村倭(やまと) 北大妻

梓川左岸段丘上、温堰(ぬるせぎ)の上流に位置する村。初見は文明八年(一四七六)下諏訪春秋両宮御造宮帳で、「同大妻北方之分、合籾廿七俵、此代五貫四百文、同人(取手 大輪越前守、手執 小祝与作)」とある。明応一〇年(一五〇一)三宮穂高社御造宮定日記によれば、大妻内宮高となっており、これは北大妻にあたっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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