北山新田村(読み)きたやましんでんむら

日本歴史地名大系 「北山新田村」の解説

北山新田村
きたやましんでんむら

[現在地名]河東町浅山あさやま

高塚たかつか山の南西に位置し、西はつつみ新田村、南は浅野あざの村。元和八年(一六二二)の開村。宝永三年(一七〇六)の高二一三石余(「御国中郡分村付組切覚帳」鈴木家文書)。代田組に属し、文化一五年(一八一八)の村日記では高二三三石余。


北山新田村
きたやましんでんむら

[現在地名]新潟市東山ひがしやま

東は木戸きど新田村、西は丸山まるやま新田村に接する。集落は砂丘地辺にあり、東西に北国浜街道が通る。「西蒲原郡誌」によれば、寛文五年(一六六五)長岡藩に高入れされたとある。元禄郷帳には赤塚あかつか村枝郷とあり、高一〇三石五斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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