北松代町四丁目(読み)きたまつしろちようよんちようめ

日本歴史地名大系 「北松代町四丁目」の解説

北松代町四丁目
きたまつしろちようよんちようめ

[現在地名]江東区亀戸(かめいど)一丁目

竪(たて)川北岸の町屋で、西は十間(じつけん)川。地所が三ヵ所に分れており、東は中之郷五之橋(なかのごうごのはし)町、北は亀戸清水(かめいどしみず)町・小梅(こうめ)村・亀戸村。三つの地所の間に亀戸天神旅所・南本所瓦(みなみほんじよかわら)町と中之郷五之橋町が挟まれている。

文政町方書上によると、起立は北松代町一―三丁目(現墨田区)と同様で、元地は深川高橋(たかばし)阿部対馬守蔵屋敷より御徒組組屋敷一円にあり、百姓町屋を許されていたが、明暦(一六五五―五八)頃御用地となって本所清水(ほんじよしみず)町立跡に代地を与えられたという。検地は元禄一〇年(一六九七)、反別一町二反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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