北矢名村(読み)きたやなむら

日本歴史地名大系 「北矢名村」の解説

北矢名村
きたやなむら

[現在地名]秦野市北矢名

西方の弘法(こうぼう)山から東に連なる尾根を北の背にし、西・北の山地から田中(たなか)川と塩河内(しおこうち)川が東南に流れる。東は落幡(おちはた)村、北西から南は南矢名村に接する。西方を弘法山から長坂(ながさか)を下り南矢名村に抜ける大磯道、東南端を東西に小田原道が通る。小田原衆所領役帳に山角四郎左衛門「百四拾貫文 中郡北矢奈」とある。天正一二年(一五八四)二月一〇日の北条家裁許朱印状写(県史三)には「矢那郷」、「相中留恩記略」所収の同一九年一一月日の朱印状には「簗郷」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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