北米岡遺跡(読み)きたよねおかいせき

日本歴史地名大系 「北米岡遺跡」の解説

北米岡遺跡
きたよねおかいせき

[現在地名]境町米岡 本郷

利根川と広瀬ひろせ川の合流点から北へ一キロの洪積低台地に所在。標高約四二メートル。古くから豊富な遺物発掘され、国指定重要文化財の長さ二六センチ、幅一六センチ、厚さ四・八センチの凝灰岩製岩版がある。昭和一六年(一九四一)の発掘によって、手捏土器、滑石製模造品が姥石の周辺から出土し、古墳時代の祭祀跡が発見された。同三〇年代の四回の調査によって縄文後・晩期の遺物がまとまって出土。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む