北糸岐村(読み)きたいときむら

日本歴史地名大系 「北糸岐村」の解説

北糸岐村
きたいときむら

[現在地名]太良町大字糸岐

万延元年(一八六〇)改の郷村帳によれば北糸岐村には大峯(おおみね)・河内(かわち)・針牟田(はりむた)・九丁分(きゆうちようぶん)が含まれるとある。したがってこの村は糸岐川の北部一帯をさすと思われる。慶長絵図に「糸木」とある。

糸岐川の平地と針牟田集落との中間にある小高い丘に八幡(はちまん)城と称する山城が南北朝時代にあったと伝えるが、詳細は不明である。

現糸岐字針牟田には浄土宗誓願(せいがん)寺がある。後陽成天皇時代に誓誉玄貞大和尚が創建したといい、玄貞は武蔵国の住人と伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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