北船町(読み)きたふねまち

日本歴史地名大系 「北船町」の解説

北船町
きたふねまち

[現在地名]博多区上呉服町(かみごふくまち)

金屋小路(かなやしようじ)町の北に続く南北道沿いの両側町。北は魚(うお)ノ町上(まちかみ)・魚ノ町中の通りを境に東町上(ひがしまちかみ)。当町から東の石堂(いしどう)川へ延びる横道に普賢堂(ふげんどう)町がある(福岡博多近隣古図)。文保元年(一三一七)八月二五日の鎮西下知状(黒水文書/鎌倉遺文三四)によれば、豊前黒水名の源意(明海房)が修行中の永仁年中(一二九三―九九)「博多北船今寺」に居住していたという。慶長一五年(一六一〇)の御祓賦日記(神宮文庫蔵)に「北船町」の栗田新左衛門がみえる。元禄三年(一六九〇)には東町流に属し、家数二七(続風土記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む