北若松村(読み)きたわかまつむら

日本歴史地名大系 「北若松村」の解説

北若松村
きたわかまつむら

[現在地名]鈴鹿市北若松町

下箕田(しもみだ)村の南にあり、西方の柳(やなぎ)村・土師(はぜ)村から延びる鈴鹿川旧河床左岸に主として位置する。北方には条里制水田が展開し、現在も一(いち)ノ坪(つぼ)・五ノ坪・十ヶ坪などの地名が残る。深田(ふかだ)の地名や深田神社の所在などから「和名抄」の深田郷であったことがわかる。中世以前は若松北村・若松中村・若松南村などと称してきたことは、「吾妻鏡」その他で知られる。室町時代伊勢守護土岐(世保)氏が上箕田(かみみだ)付近を根拠地とした時、若松もその支配地となった。応仁二年(一四六八)世保政康の上箕田城が北畠教具・足利義視の軍に攻められた時、「外城柳・若松同時ニ被責落」(応仁別記)とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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