北長瀬村(読み)きたながせむら

日本歴史地名大系 「北長瀬村」の解説

北長瀬村
きたながせむら

[現在地名]岡山市北長瀬・北長瀬表町(きたながせおもてまち)・北長瀬本町(きたながせほんまち)・日吉町(ひよしちよう)・大安寺南町(だいあんじみなみまち)一―二丁目

笹(ささ)ヶ瀬(せ)川の東方右岸にあり、対岸は白石(しらいし)村、東は野田(のだ)村、南の西長瀬村との境を鴨方(かもがた)往来が通る。寛永備前国絵図に村名がみえ、高一千一六五石余。「備陽記」によると田畑七二町九反余、家数六一・人数三三三。文化年間の「岡山藩領手鑑」では直高一千七二四石余、蔵入と家老池田和泉および家臣一一名の給地。田高一千二五五石余・畑高三五石余、家数六四(本村四七・新屋敷東一一・新屋敷西六)・人数二七六。六四軒のうち五〇軒が城下仁王(におう)町日蓮宗蓮昌(れんじよう)寺寺中覚善院、ほかは日応寺(にちおうじ)村同宗日応寺など六ヵ寺の檀家。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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