北須田村(読み)きたすだむら

日本歴史地名大系 「北須田村」の解説

北須田村
きたすだむら

[現在地名]能登川町北須田

繖(きぬがさ)山の北西麓にある。朝鮮人街道沿いに集落があり、南接して蒲生(がもう)郡南須田村が続き、この郡境から東へ地獄(じごく)越の道が延び、石馬寺(いしばじ)村(現五個荘町)に通じる。史料上は北須田ではなく須田とみえるが、見取絵図には伊庭(いば)村のうち「須田町」とあり、西方は伊庭内湖に近い。応永三五年(一四二八)と推定される閏三月二日の伊庭満員書状(今堀日吉神社文書)に「須田北殿」とみえ、保内商人と争う小幡庄田商人を討治せよという命令を受けており、当地の地侍であったと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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