日本歴史地名大系 「伊庭村」の解説
伊庭村
いばむら
現町域の南西部に位置し、西は
寛永石高帳に村名がみえ、高二千石で幕府領。元禄一一年(一六九八)旗本三枝領となり、元禄郷帳では高二千五八八石余。以後同領として幕末に至るが、天保郷帳では二千七八七石余とあり、梅安・山下両新田分などが加えられたものであろう。三枝氏は元禄一一年駿河国より采地を移し、神崎・
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現町域の南西部に位置し、西は
寛永石高帳に村名がみえ、高二千石で幕府領。元禄一一年(一六九八)旗本三枝領となり、元禄郷帳では高二千五八八石余。以後同領として幕末に至るが、天保郷帳では二千七八七石余とあり、梅安・山下両新田分などが加えられたものであろう。三枝氏は元禄一一年駿河国より采地を移し、神崎・
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
2022年度から実施されている高校の現行学習指導要領で必修となった科目。実社会や実生活で必要となる国語力の育成を狙いとし、「話す・聞く」「書く」「読む」の3領域で思考力や表現力を育てる。教科書作りの...