日本歴史地名大系 「北須釜村」の解説 北須釜村きたすがまむら 福島県:石川郡玉川村北須釜村[現在地名]玉川村北須釜阿武隈高地西縁の丘陵地に位置し、南は南須釜村。中世には須鎌・炭釜などと記される。貞治六年(一三六七)七月一二日の足利義詮御教書(安保文書)に「石河庄内泉郷高田・北炭釜・佐宇里等」とみえ、これらの地が勲功の賞として結城朝常に与えられており、これ以前に炭釜が南・北に分けられた可能性がある。また、当地から高田(たかだ)にあたる現石川町市街付近にかけてを含む一帯は、泉(いずみ)郷と称されていたらしい。正長二年(一四二九)と推定される四月九日の足利満直書状(仙台結城文書)によれば、「石河庄之内比須釜村」が石河左近将監に安堵されており、これは北須釜村のこととされる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報