南須釜村(読み)みなみすがまむら

日本歴史地名大系 「南須釜村」の解説

南須釜村
みなみすがまむら

[現在地名]玉川村南須釜

阿武隈高地西縁の丘陵地に東西に長く広がる村。西はよし村、北は北須釜村山小屋やまごや村・やま新田村。北須釜村との境を玉川(現在の泉郷川)が西流し、当村南東端の北須きたす川流域に端村の千五沢せんござわがあった。中世には須鎌・炭釜などと記される。元亨三年(一三二三)の北条貞時十三年忌供養記(円覚寺文書)に「馬一疋栗毛、石河須鎌彦大郎」とみえ、同年一〇月二七日に須鎌を本貫地とする石川須鎌氏が、ほかの石川一族らとともに十三年忌供養の馬を献上している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む